音楽や日々のことをつらつらと。


by ginger-ale-609
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<   2011年 07月 ( 3 )   > この月の画像一覧

さらに海側の被災地へ向かう。

だいぶ瓦礫は片付けたという山側は、所々に漂着物が転がっているが、一見、普通の田園風景。
しかし、よく見ると田んぼに稲は植えられていない。
浸水したために今年は稲作はできないそうだ。
塩分除去のために水を流して、石灰をまぜたり等これから行うのだという。

仮設住宅が並んでいる。
大きい余震が来ると、皆車に乗って山側へ逃げようとするので、付近の道が渋滞するのだそうだ。

トンネルを抜けると、そこは海側。
いきなり風景が変わる。
まだ瓦礫は片付けられておらず、瓦礫を積んだトラックや、建物を壊すショベルカー等が行き来している。
何百台もの工事車両が災害支援として来ているそうだ。
半分壊れた家、折れ曲がった電柱、ここにあるはずのない船。
もしくは全て撤去されて基礎だけ残った更地。
堤防にはずっとブルーシートがかぶせられている。

さらに海岸のほうへ行く。
津波によって壊された漁協の製氷工場、
海を見渡せるホテルの1階部分は鉄骨が天井からぶら下がっている。
白い貝殻が所々に落ちていて、まるで津波などなかったようにきれいで、
貝殻と周りの風景にギャップがありすぎて、自分がどこにいるのかよくわからなくなる。

海岸線沿いには集められた瓦礫の山。
作業している何台ものショベルカーが小さくおもちゃのように見える。
瓦礫は百万トン単位、処理には3年位かかりそうとのこと。

津波被害にあった農地の方へ。
ほとんど瓦礫は撤去されていて、建物基礎と更地が果てしなく広がっている。
電柱は横倒しになって鉄骨が見えている。
たくさんの赤い旗。
途中に墓地があって、墓石は倒れてしまっていた。
人が一人も見えない風景。
世界の果てにきてしまったよう。

なんだかため息しか出てこない、無力感が襲う。
何かできることはないか、ってそんなのおこがましい、というか、
地元の人たちが望んでいることってなんだろう、
これからも住み続けるであろう場所をどういう風にしていけばいいんだろう、
色々提案してみたって、私達の一方的な押しつけなんじゃないか。
と、結局行く前と同じ、ぐるぐるが頭の中で始まる。

行く前に悩むよりも、行って感じることだ!
と自分をなんとか奮い立たせて来てみたけれど、
結局、悩みは余計深まった。。


仙台に帰って来た。
相変わらず賑やかな街。
ほんのさっきまでこの世の果てのような世界にいたのに、この日常と地続きだなんて。

自分にこの世界のためにできることなんてあるのか?
この質問はずっとこれから自分の中で繰り返されるだろう。
何かできることを見つけ出すことがあるのだろうか??
無力でどうしようもないけど、ずっとずっと考え続ける、それが今できるただ一つのことなのかも知れない。
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by ginger-ale-609 | 2011-07-16 01:41
一見、普通の役場。
しかし、よく見ると、入り口に「危険、立ち入り禁止」との張り紙が。
地震か津波による浸水か分からないが、中に入れない状態になっているらしい。
そして役場の周りに広がるプレハブ。
各プレハブが役場の各課に当てられていて、手前から奥の方までずっと続いている。
「罹災証明書の申請は○○課まで」等書いてある。
神戸からの応援横断幕が飾られている。


役場の方が被害状況を説明してくださる。
農業、漁業、観光の被害。

畑が水に浸かってしまったり、流されてしまった農家の方々は、山側の畑に移動してなんとか作物を育てようとしていること。
それでも山側で農業ができる人たちは半分位で、残り半分の人たちはまだ見通しがつかないこと。

船は全部流されて、それでも何雙か修理したりして漁に出ようとしてること。
それでも本格的な漁は、津波によって壊れた冷蔵施設を建設しなおさないとできないこと。

海岸近くの観光施設は、1階は津波によって壊れ、2階まで浸水したこと。
3階以上で避難している人たちがいたこと。
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by ginger-ale-609 | 2011-07-16 01:09
久しぶりのブログ更新になります。
東北地方の被災地へ行ってきたので、私が見たもの、感じたことを率直に綴っていきたいと思います。
出発前、ボランティア活動するわけでもなく、被災地の役に立てるかどうかも分からない状況で、行く意味はあるのか?迷惑なのでは?と思いました。
被災地に行ってからもその思いは変わりません。
ただ、自分の頭を整理するためにも書いてみたいと思います。

早朝、東京駅から仙台へ向けて新幹線に乗る。
比較的混み合った車内。
皆どこへ行くのだろう。

郡山を過ぎた辺りで瓦の屋根が壊れたのだろう、屋根にビニールシートをかぶせている家がちらほら見える。

それ以外は一見のどかな田園風景。
田んぼに稲穂が植わっている。
でもこのお米は今年の秋、市場に出回って食べられるのだろうか?
一年間育て上げた後、放射能汚染されてないかどうか検査されるのだろう、多分。

仙台駅の手前で仮設住宅が見える。
プレハブ小屋。
あそこで暮らしている人がいるのだ。
あまり実感が湧かない。
仙台駅前は賑やかで、東京と地続きの普通があるように見えたから、余計。

仙台から車に乗って被災地へ向かう。
仙台在住の人に聞くと、水は1週間、ガスは3週間位来なかったそうだ。
やはり仙台は今は日常に見えるけれど被災地の一部で、全力で日常に戻した結果が今、目に写るものなのだろう。
地震そのもので壊れた建物や亡くなった人は少なく、それが阪神大震災との大きな違いだと。
ほとんどの被害は津波によるもので、常磐自動車道を挟んで海側と山側で全く被害状況が違う。
震災直後に仙台空港に行った時は、空港の中に瓦礫やトラックが残っていたと言う。

常磐自動車道を行くと、確かに右側と左側の風景が違う。
海側は流されてきた流木やぺしゃんこの車を見かけるのに、山側はそれといった被害はないように見える。
それでも、だいぶ瓦礫は片付けましたねと仙台在住の人は言う。

目的地に到着。
やはりのどかな田園風景が広がっているように見え、被災地という印象は受けない。
お店も開いて、車も通っている。
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by ginger-ale-609 | 2011-07-13 19:57